持続可能な宇宙環境の構築を目指し、スペースデブリ(宇宙ゴミ)の除去を含む軌道上サービスに取り組むアストロスケールでは、2021年2月より「人と地球と宇宙を持続可能にする」ことを目標に掲げた「#SpaceSustainability(スペースサステナビリティ)」という活動を行っています。このインタビュー企画では、「人」「地球」「宇宙」の持続可能性に取り組むさまざまな企業や団体を紹介します。

今回は、天体望遠鏡をはじめとする光学機器メーカーである株式会社ビクセンにて、代表取締役社長の新妻和重氏に話を聞きました。社名の「ビクセン」は、サンタクロースのそりを引くトナカイのうち1頭の名前が由来。幸せの使者の名を社名とする同社では、「自然科学応援企業」であることをミッションに掲げ、多くの人が星空を楽しめる文化を作り出そうとしています。

──ビクセンの事業内容について教えていただけますか?

ビクセンは、天体望遠鏡や双眼鏡、顕微鏡といった光学機器の開発から製造、販売までを手掛けています。また、「星を見せる会社」になるというビジョンの下、「モノづくり」だけでなく「コトづくり」にも取り組んでいます。つまり、天体観測のイベントなど、星を楽しむ仕掛けを作ることも事業化しているのです。自社でイベントを主催するだけでなく、リゾートホテルや商業施設などが開催するイベントの支援や、高校の天文部や写真部といった部活動も応援し、星空を見せるイベントのノウハウを伝授しています。

天体望遠鏡はあくまでも道具でしかありません。当社の創業は1949年ですが、創業者には天体望遠鏡や顕微鏡を使うお客様に情報を発信したいという思いがありました。そのDNAが今でも企業の根幹にあるため、道具を販売して終わりにするのではなく、その道具を使って星空や自然科学を楽しんでもらうところまでサポートしようと考えているのです。

──ビクセンではサステナビリティについてどう考え、どのような取り組みを行っているのでしょう。

星の配置や星座など、星空そのものは有史以来あまり変わっておらず、今後も劇的に変わることはありません。その星空を今後も持続的に見られるようにすることが、ビクセンにとってのサステナビリティだと考えています。

都会では今、天の川を見ることができませんが、100年前には見えていたと思います。人類史上で考えるとそれはごく最近のことで、それまでの人類が経験しなかったことが起こっています。天体望遠鏡によって、星空を見るという体験を、廃れさせないようにするのが当社の役目です。

天体望遠鏡を使えば、肉眼で見えなかったものが見えるようになり、自分たちの上に星空が広がっていることに気づくきっかけとなります。その気づきを提供するために、ビクセンは光学機器を開発し、イベントを開催して星の存在を伝えているのです。こうしてハードとソフトの両面で、星空の存在を伝えていきたいと考えています。

──肉眼では見えない星空の存在や、スペースデブリについての課題を、天体望遠鏡や映像などでうまく伝えることはできるのでしょうか。

写真やテレビで映像を見ると、文字で読むより情報量は増えるので伝わりやすくなります。特に、最近では機材の技術が進歩したことから、人工衛星も見えやすく、写真にも写りやすくなっています。写真家にとって好き嫌いが分かれるところですが、星空だけでなく、地球の周りを飛ぶ人工衛星の存在など、宇宙の姿を伝えるにはいいことだと思っています。

天体望遠鏡の利点は、覗いた中の世界が、完全に覗いている本人だけのものになる点です。テレビのように全員で見ると周りの共感を呼ぶこともできますが、天体望遠鏡で自分だけが得た体験は、身近にいる人に伝えたくなるものです。とくに子どもたちは、興味を持つと親以上に詳しくなることが多いので、星空やスペースデブリについてもまず子どもが理解して親に説明するようになれば、親も理解しやすいのではないでしょうか。子どもにとっても、理解して誰かに教えるというアナログな行為によって、知識をより深めることができます。

──アストロスケールではスペースサステナビリティに向けた取り組みを推進しています。この活動についてどうお考えですか?

モノづくりの世界では、産業革命から長年かけて開発を続けそれが発展へとつながった一方で、同時に環境を破壊することにもつながりました。今各国で宇宙開発が進んでいますが、開発と同時にサステナビリティについて考え、そのような機会を推進していることはすばらしいと思います。これまでの環境破壊に対する反省を踏まえ、開発とサステナビリティをセットで考えていることに、人類の知見を感じます。

──新妻さんご自身では何かサステナビリティに向けて取り組んでいらっしゃいますか?

当社のミッションは、「自然科学応援企業」であるということです。このミッションについてしっかり考えようと思い、十数年前に「eco検定」(環境社会検定試験)を受けました。環境についての問題は、身近な課題として理解していましたが、eco検定を受験したことでそれをきちんと体系的に学ぶことができました。

また、日々気をつけていることとしては、ビジネスでも日常生活でもフィールドに近い場に身を置き、環境の変化に気づいてなぜそのような変化が起こっているかを考えるようにしています。

私は子どもの頃から自然科学が好きで、微生物から宇宙までさまざまなことに興味を持っていました。今は登山が趣味でよく山に登りますが、以前は咲いていた花がなくなっていたり、毎年残っていった雪や氷河がある時なくなっていたりといった変化に気づくことがあり、温暖化の影響を身近に感じます。そういった変化に直面した時は、自分でできることはないか考え、できることがあれば行動に移すよう意識しています。

──新妻さんにとって、宇宙とはどのような存在ですか?

星空も宇宙も、私にとってビジネスの主戦場ではありますが、私たちのものではありません。ただし、そこに関わらざるを得ない場ですし、関わっていきたい。ずっとそこにいたい存在ですね。

──ビクセンの今後の展望について教えてください。

モノづくりをしっかり捉えつつ、そこに価値、つまり「コト」をプラスして、ユーザーに自然科学のすばらしさや大切さを伝え、ユーザーと共に成長できるような事業を展開していきたいと考えています。例えば、高校の天文部を応援する活動の「天文部応援中!」はもう何年も続けていて、その中から宇宙に関わる仕事に就きたいと考える生徒も出てきています。そのような意識を持つ生徒に対し、その機会を現実的に与えることができればと思います。

ものを作っているだけでは、なぜ天体望遠鏡を作っているのかユーザーには伝わりませんし、機能向上ばかりに気を取られ、すばらしい機能ができても自己満足にとどまってしまいます。ですので、「なぜ」天体望遠鏡を作っているのかを意識し、忘れないようにしなくてはなりません。それが会社としてのあるべき姿にもつながると考えています。ビクセンが天体望遠鏡を作る意義を伝えていかなければ、星空を見上げる人が減ってしまうのですから。


自然科学を愛し、持続可能なものにしようと常に意識している新妻氏。eco検定を受験するなど、「自然科学応援企業」であることをミッションとするビクセンの代表として、地球と宇宙の環境課題に目を向けるよう努めていることが感じられます。

都会に住む人たちはいま、肉眼であまり星を見ることができず、空を仰ぐ機会も減っています。そんな現代に生きる私たちに、ビクセンは天体望遠鏡という道具で星空を楽しむ手段を与え、そこに星空があることを伝えてくれています。持続可能な宇宙に向けた第一歩は、こうして宇宙の姿を見つめ、その美しさを実感することから始まるのかもしれません。


プロフィール:新妻 和重氏
株式会社ビクセン 代表取締役社長
1966年生まれ。中央大学商学部を卒業後、公認会計士事務所に入社。2005年に株式会社ビクセン社外取締役就任。2007年に同社代表取締役社長(8代目)に就任し、現在に至る。モノづくりとコトづくりの両立を目指し、天体望遠鏡メーカーから自然を科学する楽しみを、発信し続けている。

ビクセンについて
社名:  株式会社ビクセン
設立:  1949年
代表:  代表取締役 新妻和重
事業内容:天体望遠鏡、双眼鏡、顕微鏡、フィールドスコープ、ルーペなどの設計、製造