持続可能な宇宙環境の構築を目指し、スペースデブリ(宇宙ごみ)の除去を含む軌道上サービスに取り組むアストロスケールでは、2021年2月より「人と地球と宇宙を持続可能にする」ことを目標に掲げた「#SpaceSustainability(スペースサステナビリティ)」という活動を行っています。このインタビュー企画では、「人」「地球」「宇宙」の持続可能性に取り組むさまざまな企業や団体を紹介します。

今回取り上げるのは、水を推進剤とした超小型衛星用エンジンの開発を手掛ける株式会社Pale Blueです。同社共同創業者兼代表取締役の浅川純氏に、Pale Blueの開発するエンジンや事業の方向性について伺い、それがいかにサステナブルな未来につながるかを語ってもらいました。

──まずPale Blueの事業について教えてください。

Pale Blueは2020年4月に創業した企業で、水を推進剤とした超小型衛星用のエンジンを開発しています。これを小型衛星メーカーに販売し、社会に普及させることが当社のミッションです。現在展開している製品は、水蒸気式推進機と水プラズマ式推進機、そしてその2つを統合したハイブリッド型の推進機の3種類で、それぞれパワーや燃費が異なります。

──東京大学大学院で航空宇宙工学の博士号を取得されていますが、どのような経緯で起業に至ったのでしょう?

東京大学では、現在Pale Blueの共同創業者兼CTOを務める小泉宏之准教授の研究室に入り、小型衛星用推進機の研究開発に取り組んでいました。ただ、修士までは水ではなく、火薬を使った推進剤を開発していたのです。しかし、その推進剤を衛星に搭載するには、安全性に関する非常に厳しい審査があり、それが開発以上に大変だと感じていました。そこで博士に進む段階で、水を使った推進剤に取り組んでみてはどうかと先生に勧められました。そこから水エンジンの基礎研究を開始し、実用化の目処も見えてきたため、自分の研究を商品化しようとPale Blueを設立しました。

──水を推進剤としたエンジンと従来のものではどのような違いがあるのですか?

水を使うことで安全性が格段に高まります。従来の推進剤を取り扱うには、専用の建屋を用意し、防護服を着用した上で専用の装置を使用する必要がありました。危険な物質を扱う場合は実験するにも許可が必要で、設備も整えなくてはなりません。それが水であれば、許可も特別な装置も必要なく、一般的なオフィス内で取り扱うことが可能です。また、民生品がそのまま使えるため手軽に低コストで実験ができ、それが開発スピードの短縮にもつながっています。

もちろん水を使うことで、他の燃料より推進性能が低くなってしまうというデメリットもあります。それでも性能差はそこまで大きくはなく、実用面で大きな問題にはなりません。性能面でのデメリットを上回る使いやすさやコスト面でのメリットがあると考えています。

──JAXAが2022年度に打ち上げを予定している「革新的衛星技術実証3号機」プログラムで、Pale Blueの超小型統合推進システムの軌道上実証が行われるそうですね。

はい。小型衛星メーカーがエンジンを選ぶ際には、宇宙で動いた実績があるかどうかを重要な評価指標として検討します。当社の製品は、宇宙実績がまだ豊富にあるわけではないので、こうしたプロジェクトに取り組むことが重要なのです。すでに製品開発は完了し、宇宙実証に向けた準備は整っています。

──水を使ったエンジンを開発することで、すでにサステナブルな事業を展開しているPale Blueですが、アストロスケールの推進するスペースサステナビリティについてはどうお考えですか?

極めて重要な課題だと思っています。ただ、その重要度がなかなか認識されづらい分野でもあります。サステナビリティだけを重要視しすぎると宇宙開発の速度が遅くなりますし、宇宙開発の速度を上げすぎるとサステナビリティが疎かになるため、バランスを保ちつつ、どちらのメリットも押し出しながら進めていかなくてはなりません。

Pale Blueを創業した背景のひとつに、これまでの宇宙開発には持続性がなく、単発的な事業が多いと感じていたことがあります。資金調達ができればひとつのプロジェクトに取り組むものの、それが次につながることがあまりなかったのです。その課題を解決するには、産業として回す必要があると感じました。人、モノ、資金がしっかり流れるようなシステムを作らなくてはならないと考えました。

そのためには、産業の礎として輸送インフラをしっかり整える必要があると感じています。地上では車や飛行機などが産業を支えているように、宇宙空間でも輸送インフラが必要となります。その輸送技術となるエンジンの燃料に、地球上ではガソリンなどを利用していますが、将来的に宇宙資源として水が必ず有効な選択肢になると考えています。

宇宙でいきなり水が採れるわけではありません。ただ、地球上で燃料を確保する場合、安全で環境にもやさしい水をエネルギー資源を使うことで、間違いなく持続的な宇宙開発に貢献できると思います。

──Pale Blueの現時点での目標と、今後の展望を教えてください。

まず、商用化までに宇宙実証実験をクリアすることが重大なマイルストーンです。2022年には複数の実証実験を予定しているため、そのマイルストーンは達成できると考えており、2023年より本格的に市場で製品を展開していく予定です。

とはいえ、実証実験の完了を待ってから販売に乗り出していては遅くなるので、市場展開する製品の開発にも取り組み、完成次第販売しようと営業活動もしています。同時に、水を使うことのメリットを多くの人に知ってもらおうと、学会や展示会などでさまざまな発表を行っています。その中で、企業の関心度も非常に高いと感じています。

ただ、衛星ごとに重さや必要な能力も異なるため、現在の当社の製品では満たせない要求を持つお客様も存在します。そのため、今後は製品のラインナップやスペックを増強し、すべてのニーズを満たせるようにしていく予定です。

将来的には、宇宙空間で水を補給できるような宇宙ガソリンスタンドといったサービスにまで発展させていきたいと考えています。地球で補給した水を宇宙で使い切ってしまうと、エンジンが動かなくなりますから。

ただし、それでも地球の水に依存していることには変わりありません。そこで、さらにその先には地球だけでなく月や火星など惑星の水を燃料として使うことができればと考えています。それが実現すれば、人工衛星の活動領域もより広がりますし、宇宙空間の輸送インフラ構築に大きく貢献できるでしょう。


Pale Blueは、昨年10月にシリーズAとして4.9億円の資金を調達したほか、経済産業省からも2020年度補正宇宙開発利用推進研究開発(小型衛星コンステレーション関連要素技術開発(推進系技術))を受託、その初年度予算も最大3億円にのぼるなど、創業後わずか2年弱ですでに事業を持続可能な状態にまで成長させています。

水を使ったエンジンを開発するという、非常にサステナビリティの高い事業を展開する浅川氏ですが、これまでの環境への配慮や興味について聞くと、「特に強い原体験があるわけではなく、自然とこのような方向に進んでいた」と話します。日常が非日常となることを体験し、自然と環境保護に対するマインドセットが備わった若い世代ならではの価値観と言えるのかもしれません。

事業の中核としてサステナビリティを推進する浅川氏の言葉には、ひとつひとつに説得力があります。今後、企業がPale Blueのエンジンを採用することで、環境に配慮している姿勢を示すようになる——そのような未来が見えたような気がします。


プロフィール:浅川 純氏
1991年高知県生まれ。2019年3月に東京大学大学院 工学系研究科 航空宇宙工学専攻 博士(工学)修了。2019年4月から東京大学大学院 新領域創成科学研究科 特任助教として従事。2020年4月に株式会社Pale Blueを創業し代表取締役に就任。宇宙推進工学を専門とし、世界初の小型深宇宙探査機PROCYONや、今年度にNASAのロケットで打上げ予定の超小型深宇宙探査機EQUULEUS等、数々の小型衛星・探査機プロジェクトに従事。東京大学総長賞や日本航空宇宙学会 優秀発表賞、MIT テクノロジーレビュー「Innovators Under 35 Japan 2020」、国際電気推進学会最優秀論文賞等を受賞。水を推進剤として用いた小型衛星用推進機を社会実装することで、宇宙空間における新たなモビリティインフラの構築を目指す。

Pale Blueについて
社名:  株式会社Pale Blue
設立:  2020年4月3日
代表:  代表取締役CEO 浅川 純
事業内容:宇宙機及び推進機の研究、設計、試験、製造、及び運用